「アンテプリマ」の創設者であり、香港と日本を軸に活躍するクリエイティブ・ディレクターの荻野いづみが、いま会いたい、第一線で輝き続けている女性をゲストにお呼びして語るエンパワーメント対談企画が始動。
世界に通用する、強く美しく生きる女性としてのキャリアやその魅力に迫り、みなさまにお届けします。
『エル・デコ』ブランド ディレクター木田隆子さん
との対談・後編です。
前編とあわせてぜひご覧ください。
VOL.1 後編
グローバルに世界を感じて日本を想う
ポジティブな女性としての生き方とは
GUEST | 木田隆子 Ryuko Kida
荻野:世界と関わるご自身の活躍やお仕事内容を教えてください。
木田さん(以降、敬称略):『エル・デコ』は世界33の国と地域で展開されているグローバルマガジンであり、世界中と繋がっている仲間がいて交流も盛んです。世界の中での日本版『エル・デコ』の価値を上げることは私のミッションで、その作業の中では自動的に、日本人デザイナー、日本ブランド、日本のクラフトなど日本のクリエイティビティの価値を、海外ネットワークを使って高めていくことが必要になってきます。どこの国に行っても編集部を訪ねれば、歓待してくれますし、みんな友人です。最新情報も手に入りますね。コロナの前は海外取材が多かったので、パリ、ストックホルム、フランクフルト、ミラノ、コペンハーゲン、上海、フィンランド、ロンドン、マイアミなどへ、よく取材に行っていました。あまりよく行くので、現地のデザイン関係者からは、「ヨーロッパに住んでいるのかと思ったよ」と言われたこともあります。
幼少から海外のことに興味があって、父が植民地時代のアジアのインターナショナルスクール出身でオランダの大学を出ているので、フランス語やオランダ語も話せるし、家にも英語の電話はよくかかってきたり、交流がありましたね。父の語学の才能をそのまま遺伝子として受け継げたらもっと楽でしたが(笑)、とにかくひとつの国に収まる感じではなかったし、日本だけじゃなく、小さいころから海外に目が向いていた。そんなベースがあったから、海外のことに拒否反応がなかったですね。日本だけがいい、という感覚もなかった。荻野さんは?
荻野:私は木田さんとは逆で、日本的な家で育ったので、海外への憧れが強かったタイプ。海外で仕事をしたいと強い希望がありました。
『アンテプリマ』は、98年にミラノコレクションに日本人女性として初めて公式参加しましたが、香港に本社を構えていますので、香港やミラノ、日本など世界中をよく飛び回っています。また、インスピレーションを得る為にも、アートに触れる機会が多く、ヴェネツィア、パリ、ハワイ、キューバ、オーストラリアなど、様々なアートイベントに出向いていました。
世界と日本、両方を見て、違いなど感じることはありますか?例えば、仕事の仕方や、女性の立場など。
木田:女性の立ち位置は全く違いますね。日本は立ち遅れすぎています。生活も全然違いますよね。北欧に行くと悠々と仕事をしているし、日本はジェンダーギャップ指数が 2021年の統計で、156カ国中120位ととても低いでしょう?日本って何でこうなったのかと思うことも。
荻野:高齢化社会になって、子育て、介護、大変になりますよね。
木田:日本はきっと負担がすごくなると感じています。
荻野:働く女性が、家族の介護のために仕事を辞めたり、日本はそういうことなのか、と。
木田:介護の問題はみんなが直面しなければならないことで、私も日々考えています。変わっていかなければなりませんね。昔よりは良くなってはいるけれど、今は、好きだから仕事をしているという以前に、収入が充分ではないから、ダブルインカムでなければ生きていけない、という事態になってきてもいますね。
荻野:今回のコロナ対策対応の違いなど。あまり行き来はできなかったですが、国によって対策のスピード感や、厳しさも違いました。世界を見てきて、女性が仕事しやすい環境は、香港が一番かもしれません。香港に居住してみて、税率は安いし、働きやすい環境があるので、日本よりいいと感じます。香港の女性は、家事などほとんどやらないですからね。イタリアは日本と似ていますが、女性の立ち位置は、日本のほうが低いのでは?と思ってしまいます。 木田さんが世界で活躍するにあたり、大変なことはありましたか?どう乗り越えましたか?
木田:カルチャーが違う人たちと、どうやって繋がっていくか。いつも考えさせられます。寛容であることが必要であることを学びましたね。
荻野:多様性にフィットしていくことは大切ですね。世界中を飛び回っていると、私は家族とのコミュニケーションがやはり困難です。家族の理解と協力が不可欠と感じます。
いま日本にいて、世界進出を目指す人たちに、やっておくべきことなどアドバイスはありますか?
木田:語学はもちろんですが、エンパシーを持つことでしょうか。自分と同一視することなく、相手の気持ちを思いやることが、お互いの理解を深めていくきっかけに。
荻野:自分の意思を持って他者の意見を聞く。相手の立場に立って自分で考え、答えを自ら導き考える。それが、コミュニケーション力を高めることに繋がりますね。慣習やTPOを知った上で、自己主張することも大事ですね。
木田:日本にいないで、世界へ、外へどんどん行ったほうが、グローバルに正しい情報が取れるし、逆に日本のこともよくわかるようになります。そのための準備としても、日本語に翻訳されたニュースだけを頼りにするのは、一度やめてみてはどうでしょう。今は外へもなかなか行けず、ネットで生の情報を得ようとするのは、限界があるけれど、このご時世なので、それも活用しています。インスタグラムも役に立つ!『エル・デコ』の海外のみんなの発信も早くて助かります。
荻野:私もそう感じます。世界で大変なことが起きているのに、日本のニュースなどはぬるいなと考えさせられることがある。自分の足で世界を見て、リアルな情報を取ることは、今後必要不可欠ですね。
木田:まず海外に行ってみること。アジア人が行ってどんな反応があるのかとか、できること、できないことも含めて、リアルに体験して感じてみるのが大切。
荻野:イタリアでは景観を守っているから、クーラーを取りつけるのも大変な国だったり、行ってみないとわからないことはたくさんあります。
木田:ガイドブックじゃわからないことだらけ。多少詳しい本でもまるで役立たずのフィルターになることもあります。旅行でも団体じゃなく個人旅行が大事だし、時にはGoogleマップが使い物にならなくて、道に迷ったりするのもいい体験。ディテールを感じる中で、人生の感度は10代の頃と同じくらいまで研ぎ澄まされます。
荻野:あとは世界に友達を作ることって大切です。若いうちに最低二か国語学んでおけたらよいと思います。世界進出、海外での仕事をしたいと考えているならマストです。私はじっとしていられないから、いろんな場所に出歩いて、視覚で情報を得て、友達からも直接教えをいただきます。
木田:じっとできないところは似ているのかもしれません。1月パリ、ミラノ、2月上海、4月ミラノ、5月コペンハーゲン、9月はまたパリ、北欧などヨーロッパ、12月マイアミ、NYみたいな日々でしたから、コロナで生活が激変。弊社はまだ出張禁止。こんなに長く日本にいたことがないので、旅には飢えていて、やっぱり早くまた海外の空気を吸いたいですね。
荻野:私も旅に飢えています。2年に一度ある美術展覧会『ビエンナーレ』が4月に予定されています。26年以上訪れているので、今年も予約しました。アートに触れたくて。
木田:『ミラノサローネ』には必ず行く予定ですし、『ビエンナーレ』もご一緒しましょ!楽しい予定ができたので、それを励みに、また頑張れそうです。
荻野:今後、木田さんが思い描いている展開や、夢について教えてください。
木田:世界のカルチャーが交差するところが、私の居場所かなと思います。そこには、これからの時代のためのヒントも、ゴロゴロと原石のように転がっていると感じます。まずは、日本の良きものを見直したい。若手日本人デザイナーはもっとグローバルな活躍をして欲しいので、積極的にサポートしたいですね。この仕事を続けている間に、国際的なデザインネットワークができたので、それを次の世代や必要としている人のために生かしていければと思います。そして世界の才能も日本に紹介したいですね。
荻野:アートや色々な分野で、私たちを利用してくださいと思いますよね。これだけ世界と繋がっているから、コミュニケーション貢献だったり、みなさんに情報をシェアしたい。ブランドを考えるとモノを売るだけでなく、自分のできる範囲でやって、世のためひとのため、女性のためになったらと思うんです。
いまのご自身のキャリアやお仕事は、昔に描いていた自分になっていますか?
木田:40歳くらいで関西へ帰って、物書きになると思っていましたが、全く違っていました(笑)。ますます世界へと開かれていますね。と同時に、マチュアな年齢になっていくに従って、どこかやはり、これまで耕しきれなかった自分自身にも目が向きます。小さな家があって、机があったらそれで十分という気持ちもありますね。
荻野:木田さんがポジティブに生き抜くための方法や、息抜きは何ですか?
木田:よく寝て、食べて、運動すること。は前提として、そうですね。人生は複雑なストライプみたいにいろんな感情が交互にやってくるから、残念な気分の時も永遠に続くわけではないです。誰だって自分の中に、仕事や生活、作り上げるものに関しての一定のスタンダードがあるでしょう?お金の問題ではなくて、もっと質に関することで。それを手放さないことが大事かな。落ち込んでレイジーになって忘れたい時もあっていいけど、必ず自分のスタンダードに、戻ってきてあげること。戻る過程でポジティブな力もじわじわとまた集まってくる気がします。手間をかけたいのに、仕方なく効率を優先させていたとしても、いったん手を止めて、思いっきり手間をかけてあげる。諦めないで!いつでもリセットできるし、自分の理想に戻れるという思いは大事。
息抜きは、見知らぬ街を彷徨うことでしょうか。予定のない時間を楽しむこと。夏休みの最初の日のような気分になれます。
荻野:最後に、現代を生きる活動的な女性へ、よきアドバイスをお願いします。
木田:「無理しなくていいよ」と同時に、「諦めないでいいよ」と声をかけてあげたいですかね。働く女性は頑張りすぎてしまうから、とても疲れてしまったり、時には才能がつぶれてしまうことも。個人的に支えてくれるひとが職場にもいるべきだし、自分に対して優しくしてあげる気持ちも持ってね!とにかく、味方はいるよ!ひとりじゃないよ!を、頑張りやさんへのエールとさせていただきます。
荻野:木田さんの言葉はスッと入ってきます。行く道はいろいろある、頑張らなくていい、全部やろうとしなくていい、あなたの健康が一番。だまって見守っているひとが絶対にいるので、肩の力を抜いて急がずに進んでください。こんな私でも仕事できています(笑)。
木田:それぞれの道がある。誰かに聞いた方法をその通りにやっても人によって違うし、自分でやってみるしかないんですよね。
荻野:落ち込むと成功者の本など、サクセスストーリーを読みます。世界の偉人も最初はただのひと。大先生になるけれど、最初は頑張っているひと。
木田:やりながら発見することもたくさんあるから。やりたいこと、ちょっとだけ得意なこと、その原石を大事に育てたらいい。そこから必ず道は開けるから。
荻野:今日は素敵なお話、どうもありがとうございました。
Profile
木田隆子 Ryuko Kida
『エル・デコ』ブランド ディレクター
(株式会社ハースト・デジタル・ジャパン)
編集者・ジャーナリストの立場から長年にわたりインテリア、デザイン、ライフスタイルの分野にかかわる。
パリ、ミラノ、コペンハーゲン、マイアミ、上海など、豊富な海外フェアの取材やインタビューの経験をもとに、世界の最新トレンドを発信。グローバルなネットワークを生かして、日本のデザイン、ライフスタイルの海外への紹介も行う。
『フィガロ ジャポン』副編集長、『ペン』編集長(いずれもCCCメディアハウス、旧阪急コミュニケーションズ)を経て、2005年12月から『エル・デコ』日本版(ハースト婦人画報社、現ハースト・デジタル・ジャパン)の編集長に就任。2014年7月より現職(BRAND DIRECTOR)、現在に至る。
エル・デコ デジタルでの連載や、エル・デコ デザインウォーク2021ライブトークもぜひご覧ください。
Instagram @ryuko.kida
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EDIT:MAYUKO HAMAGUCHI(SEASTARS Inc.)